1.ライフステージにおける各制度の比較

① 判断能力低下時点が分水嶺

 自分ではない第三者に財産を管理してもらう制度ということで、『信託』と『後見』は似通った部分があります。しかし、それぞれの制度によってできること、そしてできないことがあるのはもちろん、その境界線があやふやな場合もあります。

 その解説の前提として、各制度(民事信託・法定後見・任意後見)がライフステージのどの時点で影響を及ぼすのか、まとめたのが下の表です。

 民事信託と任意後見に共通するのが、判断能力が十分である時に契約締結しなければならない、ということです。要は、認知症が悪化してから信託を……と考えても手遅れというわけです。判断能力が低下してしまうと、対応できるのは法定後見のみとなります。

② 民事信託の流れ

 ここからは、各制度の流れを簡単に解説していきます。まずは民事信託。信託契約を締結することによって効力が発生しますが、終了時点はその契約内容によります。受託者や当初受益者といった信託契約に関わる人物が一部亡くなっても継続することは可能で、この場合に信託財産が相続の対象となることもありません。

③ 任意後見の流れ

 任意後見は、契約≠効力発生ではないのが特徴的です。とりあえず契約しておいて、判断能力が低下した時点で効力発生となります。ただ、問題はどのようにして判断能力が低下したかを知るか、ということ。そのため、見守り契約などによって本人の判断能力を、任意後見人予定者等が見極めることが重要になります。

④ 法定後見の流れ

 法定後見の場合は、そもそも民事信託や任意後見などの方策をとっていなかった場合の緊急手段的な位置付けとなります。そのため、審判が確定すれば後見人が就任し、法定後見がスタートします。そして、基本的に本人が亡くなるまで継続します。

2.各制度でできることと、その境界事例

① 身上保護は後見のみで可能

 後見人や受託者には、できることとできないことがあります。分かりやすいのは、本人の生活や介護など身の上に関する法律行為を行う『身上保護(監護)』。これは、後見のみで行うことができます。病院や施設での手続きや費用の支払い等が、これに含まれます。

 民事信託の受託者はこういった身上保護を行えないのですが、受託者=委託者の家族であることがほとんどだと思われますので、その場合は家族として身上保護を行うことが実際のところでしょう。こういった現状を考慮すると、民事信託と任意後見を併用する必要性は高くないかもしれません。

 ただし、将来に渡ってより安心できる対策を考えているのであれば、やはり民事信託と任意後見を併用することは有用です。というのも、信託契約においてすべての財産を信託することは少ないと思われますが、信託しなかった財産は受託者では管理できず、管理するためには後見人を選任する必要が発生します。これに備えるならば、任意後見をあらかじめ用意するのが妥当です。また、今後ずっと家族が病院や介護施設との契約を行えるとも限りません。

② 財産を単に“管理”するか“運用・処分”するか

 続いて財産に関することですが、各制度の特徴を簡単にまとめた下の表に従って各制度の違いを解説していきます。

制度の種類公的監督の有無身上保護財産管理財産運用・処分
民事信託××
法定後見
任意後見×(発効後は〇)

 まず、本人の財産を把握して維持管理する『財産管理』は、後見でも信託でも行えます。たとえば、本人の口座を管理し、生活費や家賃等を支払うことはどの制度でも可能です。

 しかし、大きく違いが生じるのが『財産運用・処分』です。処分に関しては、条件付きですが法定後見でも許されていて、本人の生活費捻出のために自宅不動産を売却することもできます。しかし、株式投資や不動産の購入など、財産運用は信託でしか行うことができません。法定後見は公的監督(家庭裁判所)が付くぶん安心感はありますが、自由度は低くなります。

 任意後見の場合、財産運用について表では〇としましたが、あくまで法定後見と比べた場合のことで、信託に比べれば大きく制限されるのが現実です。代理権の内容に含まれていれば、居住用不動産であっても家庭裁判所の許可なく処分することもできますが、そもそも何にでも代理権を与えられるわけではなく、信託ほどの自由度はありません。

③ 任意後見でも贈与や借入ができる?

 基本的に、後見人は本人の財産を減らす行為はできません。しかし、任意後見の場合は本人の自由意思の尊重も重要な要素です。たとえば、「施設入居後は自宅を子に贈与したい」、「唯一の収入源である賃貸不動産改修のために借入したい」などは、認められる可能性もあります。もちろん、公証人や金融機関、裁判所との折衝次第で、ケースバイケースではありますが。